2013年11月:東北⑫「山元町立中浜小学校(宮城県山元町付近)」
千年塔のすぐそばに学校が見えてきます。
この山元町立中浜小学校も、津波の被害を受けて2階まで浸水しましたが、校舎に避難した人たちは、無事救助されています。
後に知ったのですが、この中浜小学校は現校舎を建設する際、地域住民の要望により敷地全体を2mほどかさ上げしていました。
また、この写真からは想像できないのですが、三角屋根っぽい部分の後ろ側には屋上広場が設置されており、さらに三角屋根の部分は部屋になっていて、倉庫などとして活用されてました。震災の当日は、普段利用しない秘密の階段を使って屋上に避難し、屋根裏部屋の倉庫で寒さをしのいだそうです。
この時は、まったくそのような設備があったということを知りませんでした。
地元の要望、受け入れた行政、地域にとって必要とされる機能を盛り込んだ設計者の先見性、日ごろから訓練と連携。
ハードとソフトが高い次元で機能し、全員救助につながったのは、間違いありません。
中浜小学校は2020年より「山元町震災遺構中浜小学校」として、一般公開されています。
ちなみに、この「校名板」がなくなったというニュースが2024年7月ごろに報道されていますが、Googleストリートビューを見る限り、2023年の時点で消えているように思われます。
ソーラー稼働できる携帯基地局でしょうか?